【れとりっぷ】郡上おどりに郡上八幡城 岐阜県郡上市を満喫!ソウルフードも紹介
戦国時代を語る上で外せない地・岐阜県。多くの城跡や武将の生きざまを感じられる史跡が数多く残されていることから、戦国観光には最適です。くしくも新型コロナウイルス感染症の影響で、「近場」「屋外」「ふらっと行ける」旅がちょうど良い昨今。この機会に、地元の魅力を、岐阜新聞女子ネットのメンバーらと“再発見”してみませんか。今回は郡上市を旅しました。
日本最古の木造再建城・郡上八幡城 関ケ原の戦いとも深い関わりが!
鎌倉時代から郡上の地は東氏が治めており、1541年からは吉田川の南側にある赤谷山城を居城としていました。東氏の勢力はやがて衰え、支流の遠藤氏の勢力が強大になってきたことから59年、両氏の間で郡上支配をめぐる戦いが起こりました。この赤谷山城の戦いに勝利した遠藤盛数が、八幡山に陣を築いて戦ったことが、郡上八幡城の始まりだと言われています。
城と城下町の建設は、盛数の跡を継いだ長男慶隆が進めていきました。そのかたわら慶隆は、織田信長の配下として姉川の戦いをはじめ各地を転戦し、戦功をあげていきました。しかし信長の死後、慶隆は豊臣秀吉によって転封させられ、郡上八幡城は稲葉貞通が城主に。貞通は、石垣の整備や天守台の設置など、本格的な山城としての整備を行いました。
秀吉の死後、慶隆は徳川家康に願い出て、金森可重の援軍を受けて郡上八幡城の奪還を目指すことにしました。1600年9月1日、貞通が西軍に属し犬山城に出陣していて留守にしている隙を狙い、「郡上八幡城の戦い」を起こしました。この戦いは、同月15日に起きた関ケ原の戦いの前哨戦の一つと語り継がれるほどの激しい戦いだったと言われています。関ケ原の戦いで慶隆は東軍として参加し、郡上八幡城主として2万7000石を封ぜられ、貞通は豊後国(大分県)臼杵へ転封となりました。
そして1603年、江戸幕府が始まり、慶隆は初代郡上藩主となりました。以後、郡上八幡城は15代にわたって続きましたが、明治時代になって最後の城主青山幸宜の時に、廃藩置県により石垣のみを残して取り壊されました。
現在の城は1933年に当時の大垣城を参考に再建されたもので、木造再建城としては日本で最古。来年には再建から90周年の節目を迎えます。
城主の子孫が郡上八幡城に
「自分のルーツ・郡上八幡のために何かできることはないか」と、東京生まれ東京育ちの青山幸紀さんが大学卒業後の就職先に選んだのは郡上八幡産業振興公社。青山さんは現在、郡上八幡城で入場券の販売や城の管理などを担当しています。
その「ルーツ」とは、最後の城主青山幸宜のひ孫だということ。「城主が今も城に携わっている」ということで、全国放送の人気テレビ番組で紹介されたこともあるほどです。城マニアの中ではちょっとした有名人で、話しかけられることもあると言います。青山さんは「移住してきたという立場ですが、この町が大好き。この町のためにこれからも頑張っていきたい」と話しています。
郡上おどりを深く知るなら博覧館へGO!
郡上の夏の風物詩と言えば、なんと言っても郡上おどり!新型コロナウイルスの影響で3年ぶりの開催となった今年は、日にちを減らし、時間を短縮しての開催となりました。
郡上おどりの発祥は諸説ありますが、江戸時代初期に郡上八幡城主・遠藤慶隆が、人々の融和を図るために盆踊りを勧めたことで盛んになったと言われています。
郡上おどりは、会場で楽しむのが一番であることは言うまでもありませんが、「日程が合わない」「幼い子どもがいるから夜遅いのはちょっと」「予習をしておきたい」という方は郡上八幡博覧館に行ってみては。郡上おどりの由来・歴史が知れるだけでなく、10種ある郡上おどりについてイラストやパネル、映像でわかりやすく紹介しています。
さらに土日祝を中心に、ゆかた姿のスタッフによる郡上おどり実演もあります。スタッフを見ながら、いすに座った状態ではありますが、軽快でリズミカルな「春駒」に挑戦。説明を受けながら少しだけ踊ってみるだけで、郡上おどり行きたい熱が一気に沸騰すること間違いなし!平日に上演している日もあります。博覧館のHPからスケジュールをチェックしてからお出かけください。
郡上八幡は水のまち
取材に行った日は、最高温度が35℃台を記録した猛暑日。太陽はギラギラと照り付けていましたが、県内の他のまちと比べ涼しく爽やかに過ごせたように感じます。その理由は水!郡上八幡は言わずと知れた水のまちで、上下水道が整備された現代においても、用水や水舟、水屋などが残されて涼しげな雰囲気を醸し出しています。
水質が優れていることが大きなポイント。郡上八幡の中心部を流れる吉田川は、烏帽子岳などを水源地としていますが、山々から郡上八幡までの間は、豊かな山林と農地、小さな集落があるのみで水質を悪化させる要素がほとんどなく、美しい水が流れ込んでいます。降水量が多いこと、また吉田川の左岸は、石灰岩層が地表に達していることも、おいしい水を育む要因となっています。
郡上八幡の中心部には、水に関連したさまざまな美しい景色や水の恵みにちなんだアイテムがいっぱい。ぜひいろいろと見つけてみましょう。
宗祇水の横で“映え”スイーツ
1471年からおよそ3年間、連歌の宗匠・飯尾宗祇が東常縁から和歌を学ぶため、この泉のほとりに草庵を結び、この清水を愛用したと言われています。全国名水百選の一番手に指定されている「水のまち郡上」を象徴する名勝です。
このすぐ横にあるのがお抹茶処「宗祇庵」。宗祇水を目下に吉田川の清流を眺めながら、県産抹茶を使ったさまざまなスイーツを味わうことができます。
看板メニューは郡上おどりのシルエットをあしらった宗祇庵パフェ。パフェの中身は季節によって変わります。夏限定メニューのかき氷「天空の城」は、抹茶蜜で山城の森林を、練乳ときな粉で雲海をイメージしたアート感あふれる作品です。眺めていたいけれどすぐに溶けてしまうのでテンポよく味わいましょう。
かたぎりの焼きそば=ソウルフード
郡上市民や郡上ファン何人かに「お昼ご飯はどこが良いかな」と相談したところ、「かたぎりで焼きそばを食べてくるといいよ。何ていうか、郡上のソウルフードだから」との声が多々。「ソウルフード」とまで言われる焼きそばとはどんな焼きそばなのか。気になったので伺ってみました。
かたぎりは60年ほど前に営業を開始した老舗で、メニューは焼きそばとお好み焼きの2種類。ソウルフードと言われている焼きそばは、皿うどんと普通の焼きそばの麺を足して2で割ったようなパリッとした食感で、唯一無二の味わい。クセになるのもうなずけます。具の内容によって値段が変わりますが、一番贅沢な「肉玉子入り」でも500円とリーズナブル。学校帰りに食べに寄る高校生も多いとか。「盛り」「大盛り」を頼んでパワーチャージできるなんて、なんともうらやましい。
外はパリッ、中はトロッ
やなか水のこみちから少し西に進んでいくと「団子茶屋郡上八幡」という古民家を改装したおしゃれなお店を発見。郡上産のお米を一つ一つ丁寧に丸め、地たまりを使った甘辛いたれにつけた5つ玉のみたらし団子が名物とのことで、1本食べてみることにしました。注文後に焼いてくれるので、待つこと数分…。たれの香ばしいかおりに期待値がどんどん上がっていく中、出てきた団子を食べてみると、外はパリッと、中はトロッとしていて美味。幸せな時間でした。
イートインとテイクアウト、どちらもOKなのは、観光客にとってはうれしいポイント。店内では、くつろいだ雰囲気の中、団子のほか、郡上の天然水を使った自家製梅ジュースや自家製紫蘇ジュースなども楽しめます。