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投稿者:

ZYAO22編集部

狩猟に対するエゾシカの行動変化を検証

~効果的な個体群管理対策に期待~

2023年10月4日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

狩猟に対するエゾシカの行動変化を検証 ~効果的な個体群管理対策に期待~

 

ポイント

・エゾシカが狩猟圧に対してどのように応答しているのか網羅的に検証。

・狩猟圧が高い地域では周年夜行性傾向、また狩猟期には他の地域(避難場所)へ移動。

・狩猟圧が高い地域での夜間捕獲、避難場所での狩猟による追い出しが有効であることを示唆。

 

概要

 北海道大学大学院地球環境科学研究院の池田 敬博士研究員(当時)と小泉逸郎准教授の研究チームは、エゾシカが柔軟な行動変化によって狩猟圧に対応していることを解明しました。これは従来の個体群管理では不十分であり、より効率的な管理手法の開発が必要であることを裏付けています。

 人間活動による農地開発や天敵の減少により、多くのシカ類が世界的に個体数を増加させており、それによって、農作物被害や交通事故の増加、生態系の改変などが大きな社会問題となっています。銃器による狩猟が個体群管理(個体数削減)の主な手段となっていますが、特に先進国では狩猟者人口の減少や高齢化により十分な成果を挙げられていないのが現状です。したがって、より効率的な捕獲を行うために、シカ類が狩猟に対してどのような応答をするのか知る必要があります。先行研究では少数の地域で特定の対狩猟行動のみを調べていましたが、シカ類は複数の行動を組み合わせて柔軟に対応していることが考えられるため、網羅的な調査が必要になります。

 そこで研究チームは、狩猟圧の異なる北海道内の4地域で、狩猟期と非狩猟期においてエゾシカの対狩猟行動(生息地移動、夜行性化、逃避行動)を調べました。調査の結果、特に夜行性化と生息地移動が顕著であることが明らかとなりました。狩猟は日中に行われるため、シカは夜に活動すれば狩猟圧を避けられます。また狩猟が行われていない安全な避難場所への移動もシカにとっては有効です。人間側としてはこれらを逆手にとって、夜間の捕獲、あるいは避難場所での捕獲による狩猟区への追い出しなどが効果的だと考えられます。本研究の成果は、狩猟圧に対するシカ類の行動を厳密に検証しただけでなく、どのようにすれば効果的な個体群管理が行えるかを提案するものです。

 なお、本研究成果は、2023年9月19日(火)公開のJournal of Wildlife Management誌にオンライン掲載されました。

 

道路脇で草を食べるエゾシカ(上)。自動撮影カメラによる撮影頻度(下)。狩猟圧が高い地域では狩猟期に撮影頻度が激減した一方、狩猟圧がない地域では増加した。これは狩猟圧が高い地域から狩猟圧がない地域に移動していることを示唆している。

 

【背景】

 世界中の多くの地域でシカの仲間が爆発的に個体数を増加させており、生態系の劣化や農作物被害、交通事故などを引き起こしています。これは人間活動によりシカの天敵であったオオカミなどの上位捕食者が減少し、またシカの採餌に適した農作地帯が広がったことが原因です。このため、増えすぎたシカ類を減らす必要があり、銃による捕獲が主要な役割を果たしてきました。しかし、近年では狩猟者人口が減少・高齢化し、増加するシカの個体数を十分に削減できていないのが現状です。今後、シカの被害を抑えるためには、より効率的な捕獲が必要になります。

 シカの仲間は狩猟に対して様々な回避行動をとることが知られています。例えば、狩猟期が始まると近くの狩猟禁止区域など安全な避難場所に移動します。また、狩猟期には警戒心が強くなり人が近づくとすぐに(=人から遠い距離で)逃げるようになります。さらに、狩猟は日中に行われることが多いため、この時間を避けて夜行性化することも報告されています。加えて、このような変化は狩猟期にのみ起こることもあれば、非狩猟期まで持続することもあります。

 狩猟圧に対する柔軟な行動変化はシカの種や地域によって異なると考えられます。しかし、これまでの研究では、少数の限られた地域で、一つの行動を調べるに留まっていました。どのような反応が相対的に強く、それぞれどれだけ長く持続するのかを明らかにすることは、対象とするシカの効率的な捕獲に不可欠です。そこで本研究では北海道のエゾシカを対象に、複数の対狩猟行動が狩猟圧の強さに応じて短期的・長期的にどのように異なるかを明らかにしました。

 

【研究手法】

 研究チームは、2015年の非狩猟期(8-9月)及び狩猟期(10-11月)に狩猟圧の異なる北海道4地域において、シカの相対個体数、夜行性率、及び逃避開始距離を、自動撮影カメラと車によるロードカウント法によって調べました。相対個体数を調べることで狩猟期に入った時の数の増減、つまり生息地間の移動が示唆できます。夜行性率はどれだけ日中の活動を避けているか、逃避開始距離は人と遭遇した時にどれだけすぐに逃げるか、つまり警戒心の強さを調べることができます。

 

【研究成果】

 ロードカウント法では合計405のシカの群れに遭遇しました(図1:左上)。狩猟圧が高い地域では狩猟期になると遭遇頻度が95%も激減しました。一方、狩猟が行われていない2地域での減少率は59%、37%に留まっていました。

 また、自動撮影カメラでは延べ1,324個体のシカが撮影されました(図1:左下)。ロードカウントと同様、狩猟圧が高い地域では撮影頻度が68%減少していました。一方、狩猟が行われていない地域では撮影頻度が増えており、1地域では233%にも増加していました(もう1地域は14%増加)。これらの結果は狩猟圧が高い地域では狩猟期になると他の場所へ移動したこと、狩猟圧がない地域では他から移入したことを示唆しています。

 さらに自動撮影カメラでシカが撮影された時間を解析したところ、狩猟圧が高くなるにつれて夜間の撮影率、つまり夜行性率が高くなることが明らかになりました(図1:右上)。平均値でみると狩猟期の方が夜行性率が高いですが、統計的な有意差は検出されませんでした。これらの結果は狩猟圧が高い地域では周年を通して夜行性化が進んでいることを示しており、活動時間の変化は非狩猟期にも影響が続いていることが示唆されます。

 最後に、逃避開始距離に関して(図1:左下)、狩猟圧が高い地域では著しく遠い逃避開始距離を示していますが、そもそも狩猟期にはシカに遭遇することが稀なため(他の地域に移動しているため)サンプル数が少なく統計的な差は検出されませんでした。おそらく警戒心は強くなっていそうですが、それよりも先に他の地域へ移動してしまうという行動がより顕著に現れるようです。

 

【今後への期待】

 現在の狩猟制度では限られた区域で限られた時期、時間帯にのみ狩猟が行われています。これはシカにとっては予測がしやすく、速やかに行動を変えて狩猟圧を避けることが可能です。一方、海外の研究ではシカが予測できないようなランダムな狩猟圧がシカの行動を大きく制限し、採餌や繁殖率の低下、ひいては個体群の成長抑制に繋がることが示唆されています。急に狩猟制度を大きく変えることは難しいですが、現在は特定の許可を持つ事業者が夜間にシカの捕獲を実施しており、このような取り組みは捕獲率の改善に大きく貢献すると考えられます。

 また、シカは鉄砲の音に反応して行動を変えている可能性が高いため、夜間の捕獲や狩猟禁止区域での捕獲を実施することで、昼行性へのシフトや狩猟禁止区域から追い出すことができるかもしれません。これらの行動変化を起こしたシカは狩猟が容易になります。以上のように、シカの行動特性を詳細に調べることで、効果的な個体群管理や人間生活との軋轢の低下が期待できます。

 

論文情報

論文名 Evaluation of multiple behavioral responses of sika deer to human hunting pressures (狩猟圧に対するエゾシカの行動反応)

著者名 池田 敬1(当時)、2、3、小泉逸郎1(1北海道大学大学院地球環境科学研究院、2 岐阜県野生動物管理推進センター、3岐阜大学応用生物科学部附属野生動物管理学研究センター)

雑誌名 Journal of Wildlife Management(野生生物管理の専門誌)

DOI 10.1002/jwmg.22499

公表日 2023年9月19日(火)(オンライン公開)

 

【参考図】

 

 

1ロードカウント法によるエゾシカ(群れ)との遭遇頻度、自動撮影カメラによる撮影頻度及び夜行性率、逃避開始距離。それぞれ非狩猟期及び狩猟期において、狩猟圧が異なる4地域で比較(高狩猟圧、低狩猟圧、狩猟圧なし×2地域)。図中のnはサンプル数。