マイクロ波(5.8GHz)を用いた無線電力伝送受電回路で世界最高の電力変換効率と世界最短の応答時間を達成。
信州大学
金沢工業大学
マイクロ波(5.8GHz)を用いた無線電力伝送受電回路で
世界最高の電力変換効率と世界最短の応答時間を達成。
信州大学宮地准教授と金沢工業大学伊東教授らの研究グループ。
ファクトリー・オートメーション機器などへの高効率・低コスト給電の実用化へ大きく前進
【概要】
信州大学大学院 総合理工学研究科 工学専攻 電子情報システム工学分野 宮地幸祐准教授と金沢工業大学 電気電子工学科 伊東健治教授らの研究グループは、このたびマイクロ波(5.8GHz)による無線電力伝送に用いる受電回路において、世界最高の電力変換効率となる64.4%と世界最短の応答時間である45.2μsを達成しました。本成果は、2024年2月18日から22日にかけてアメリカ サンフランシスコにて開催される、International Solid-State Circuits Conference (ISSCC)にて発表されます。
【屋内マイクロ波無線電力伝送について】
マイクロ波を用いる無線電力伝送は遠方への電力伝送が可能で、国内外の様々な機関で熾烈な研究開発が進められています。本研究は屋内での使用を想定しており、具体的には、ファクトリー・オートメーションなど工場、産業・物流用途、充電スポット等でのセンサーへの給電が応用として検討されています。図 1 に示すように、送電器からマイクロ波( 5.8GHz )のビームをカメラやセンサーなどの受電端末に当て、バッテリーや機器を充電することが可能です。これにより、多数のセンサーへの電源配線やバッテリー交換が不要となります。建設、ものづくり、物流等の現場の工数削減による生産性の抜本的向上や、配線やバッテリー資材の節約に伴う二酸化炭素排出量と環境負荷の低減効果が期待されています。マイクロ波無線電力伝送は社会実装に向けて国内制度化が進められており、ステップ 1 (既存技術での実用化)として屋内で人のいない環境で 3 帯域( 920MHz 帯、 2.4GHz 帯、 5.8GHz 帯)で無線電力伝送専用の電波を割り当てる省令が令和 4 年に施行されました。現在はステップ 2 (人や他の無線システムが存在する状況での利用)の制度化が進められています。また、国際標準化についても活発な活動が行われています。
センサーなどの各受電端末には、マイクロ波を受けるアンテナと、アンテナで受けた電力で機器を充電する受電回路が搭載されています。受電回路はマイクロ波整流器(用語(1))と、DC-DCコンバータ(用語(2))で構成されます。受電回路は電力変換効率が高いことと、マイクロ波を受けてから効率よく受電できるようになるまでの応答時間が短いことが求められます。
【成果の内容】
<技術的背景と課題>
先の法整備に伴い、屋内無人環境下では受電回路のアンテナに1W(30dBm)近くの電力が入るようになり、より高機能で高性能なセンシングや計算処理が可能なセンサーノードの実現が期待されます。そのためには受電回路は高い電力変換効率が必要で、これはマイクロ波整流器とDC-DCコンバータの両方の電力変換効率が高くなければならないことを意味します。また、マイクロ波を受けてから高効率な電力変換ができるようになるまでの応答時間であるMaximum Power Point Tracking(MPPT)(用語(3))時間も100μs以下と極めて短くする必要があります。これはマイクロ波のビームが受電回路に入力される時間が細切れで、ビームが当たっている時間が最短数ms程度になることも想定されるためです。
これまでシリコンプロセスでICチップ化されているマイクロ波電力受電回路は、エネルギーハーベスティングを想定した1mW未満の入力電力で、DC-DCコンバータの入力電圧は5V未満が中心でした。受けられるマイクロ波の周波数はシリコンプロセスのマイクロ波整流器でも効率が比較的確保しやすい400MHzから900MHz帯と低いものが多く、そのためにアンテナサイズが10cmを超えるほど大きく、今回想定している小型センサーのノードへの無線電力伝送用途には適していませんでした。周波数が5.8GHz帯であればアンテナのサイズは2から3cmと十分小さくなりますが、シリコンプロセスのマイクロ波整流器ではシリコン基板が高損失で効率が低いため、主に個別半導体部品のショットキーバリアダイオード(SBD)とマイクロストリップ線路による分布定数回路で構成されたものが使用されていました。そのため今度は回路サイズが大きく、集積化が困難でした。
また、整流器の高効率化には同じ出力電力でも整流器の出力インピーダンスを高くして出力電圧を高くすることが望ましく、整流器の降伏電圧付近(本研究では15V)を出力しながらDC-DCコンバータへ入力する必要があります。このため、マイクロ波受電用途向けのシリコンIC DC-DCコンバータはこれまでより高い入力電圧に対応する必要があります。ここで、単純に高入力電圧に対応するDC-DCコンバータは太陽光発電向けなどありますが、応答時間(MPPT時間)が数100μsから数msと長い課題がありました。MPPT時間が短い方式としてはFractional Open Circuit Voltage(FOCV)法(用語(4))が良く知られています。しかし、この手法はマイクロ波整流器の開放端電圧VOCを直接取得する手法であり、電力変換効率が最も高い降伏電圧付近で動作しているマイクロ波整流器をこの手法で開放すると回路が破損してしまいます。このため、マイクロ波整流器を開放せずにVOCを高速に予測する回路を新たに開発しました。
<提案DC-DCコンバータ>
提案DC-DCコンバータの主回構造路を図2に示します。Single Inductor Dual Input Triple Output(SIDITO)コンバータ(用語(5))というアーキテクチャを採用しており、マイクロ波整流器出力を主たる入力(VIN_DC)とし、リチウムイオンバッテリー(VBAT)を主たる出力としています。それ以外に出力にはDC-DCコンバータ内部の制御回路のアナログ・ドライバブロックおよびデジタルブロックに供給する内部電源(VDDHとVDDL)があります。マイクロ波が到来している時は昇降圧コンバータとしてVIN_DCからVBATを充電します。その際、マイクロ波整流器を最大電力点で効率的に動作させるために、MPPT制御でVIN_DCをVOCの半分になるようにフィードバック制御を行います。VOCの情報は後述するVOC予測回路を使って取得します。また、DC-DCコンバータは内部電源VDDHとVDDLの電荷を使って動作しますが、VDDHまたはVDDLが動作に必要な目標電圧を下回るとVBATへの充電を取りやめて優先的にこれらの電源を回復させる動作が時々入ります。マイクロ波が来なくなると、DC-DCコンバータ回路機能を維持すためにVBATを入力としてVDDHとVDDLを供給するInternal Power Supply(IPS)モードという待機状態に移行します。IPSモードの詳細は関連する学会発表情報(1)にて信州大学より過去に発表しています。MN1とMN2のスイッチに使うトランジスタおよびは高耐圧素子を用います。
図2 提案SIDITO DC-DCコンバータの主回路図の概要
マイクロ波整流器を開放せずに短時間でVOC情報を取得してMPPT時間を短縮する提案VOC予測回路の基本原理を図3(a)に示します。マイクロ波整流器の出力電流と出力電圧の関係は、図3(a)に示すような線形な関係をおおよそ持つため、この直線上の2つの動作点情報が得られればVOCが予測算出可能です。まず、マイクロ波整流器の降伏電圧を超えないように既知の負荷電流IDMYを発生させてマイクロ波整流器に接続し、その時のVIN_DC(DC-DCコンバータの入力電圧兼マイクロ波整流器の出力電圧)の電圧VRECT1を3/16倍した電圧をサンプリングします(図3(b))。その後IDMYを1.5倍した電流を流し、その時のVIN_DCの電圧VRECT2を2/16倍した電圧を別途サンプリングします。そしてこれらのサンプリングした電圧の減算処理を行うことで(3/16×VRECT1-2/16×VRECT2)、図3(a)の計算式に示す通り、VOCを16分の1にした値を得ることができ、マイクロ波整流器を開放せずにVOCの値を高速に算出することができます。
図3 提案VOC予測回路
(a)原理 (b)VRECT1取得時 (c)VRECT2取得時
<提案マイクロ波整流器>
本発表のマイクロ波整流器では、GaAs E-pHEMT(用語(6))のゲートとドレインを接続し構成したGated anode diode(GAD)を用いる整流器を採用しています。金沢工業大学が関連する学会発表情報(2)にて新たに提案した構成で、ワット級のマイクロ波を高効率に整流することができます。一般的なGaAsファンダリィで製造可能で、0.87X0.91mm²のGaAsチップに5.8GHzで動作する整合回路を含めすべてを集積化しています。
<実測評価>
本発表のDC-DCコンバータは0.25μm高耐圧BCDプロセスを、提案マイクロ波整流器は0.5μm GaAsプロセスを用いて試作しています。図4にそれぞれのチップ写真を示します。図5にVOC予測動作によるMPPT制御の様子を示します。2.67msという短い間隔でVOC予測回路が動作し、VOC情報を更新しています。また、VOC予測動作によりMPPT時間は45.2μsとなっており、これは無線電力伝送向け受電回路として世界最速です。これにより高速に変動するマイクロ波電力に無駄なく追従することが可能になります。また、図6(a)にDC-DCコンバータ、図6(b)にマイクロ波整流器、図6(c)にDC-DCコンバータとマイクロ波整流器を接続した受電回路全体の電力変換効率測定結果を示します。DC-DCコンバータ単体とマイクロ波整流器単体の最高電力変換効率はそれぞれ86.4%と78.5%であり、受電回路全体では最大64.4%となりました。これはICチップの受電回路として世界最高の電力変換効率です。
図4 チップ写真 (a)DC-DCコンバータ (b)マイクロ波整流器
(a) (b)
図6 実測電力変換効率 (a)DC-DCコンバータ (b)マイクロ波整流器 (c)受電回路全体
(a) (b) (c)
【成果の意義】
より高度なセンシングと計算処理が可能なセンサーを動かすマイクロ波電力を受電可能な世界最高の電力変換効率と世界最短の応答時間をもつ受電回路を、小型のマイクロ波整流器ICチップとDC-DCコンバータICチップで実現しました。従来は本用途に適したICチップが存在せず、同様の受電回路を実現しようとすると多くの個別部品を使う必要があり、コストが高いだけでなく、サイズも大きく、さらに効率や応答時間の性能も足りませんでした。これは受電端末の製品化、ひいてはマイクロ波無線電力伝送の普及に大きな障害となっていました。本成果は、高効率かつ低コストな受電回路の実用化に大きく貢献し、マイクロ波無線電力伝送の社会実装を加速させます。
【国際会議International Solid-State Circuits Conference (ISSCC)に採択された意義ついて】
本成果が発表されるISSCCは、米国電気電子学会IEEEが主催する最大級の国際学会の一つです。「世界初」や「世界最高性能」の最先端半導体チップが発表される半導体集積回路の分野で最も権威ある国際学会で、半導体チップのオリンピックとも呼ばれます。例年200件前後の発表があり、採択率は30%前後と低く、国内・海外の大手半導体メーカーや大規模な大学に所属する研究員や博士課程学生からの発表が一般的です。近年、日本からの採択件数は伸び悩んでおり、日本全体でも10件程度しか採択されていません。そのような中で、この研究で使用されたチップは、信州大学大学院修士課程学生の市川響平君と岩田竜季君、金沢工業大学大学院修士課程学生の廣瀬裕也君をはじめとする学生が教員の指導を受けながら設計と評価したものです。地方大学から修士課程学生らが中心となって行った研究がISSCCに採択されたことは大変な快挙です。
【本研究開発事業と実施体制について】
この研究は、平成30年度から令和4年度まで実施された内閣府・戦略的イノベーションプログラム(SIP)「IoE社会のエネルギーシステム」(PD: 柏木孝夫/東工大)のもとで行われたものであり、同研究プログラム内のテーマC-①「センサネットワークおよびモバイル機器へのWPTシステム」(代表:五閑学/パナソニックHD)およびテーマB-②「WPTシステムへの応用を見据えたIoE共通基盤技術」(代表:天野浩/名古屋大学)の一環として実施されたものです。
信州大学は次項体制のもと、テーマC-①: センサネットワークおよびモバイル機器へのWPTシステム(代表:五閑学/パナソニックHD)に参画しています。
金沢工業大学は次項体制のもと、テーマB-②: エネルギー伝送システムへの応用を見据えた基盤技術(代表:代表:天野浩/名古屋大学)に参画しています。
テーマB-②の成果をテーマC-①に組み込み、さらに高い水準の研究成果に結びつけることに成功いたしました。
戦略的イノベーションプログラム(SIP)「IoE社会のエネルギーシステム」については以下のHPを参照ください。
https://www.jst.go.jp/sip/p08/index.html
【無線電力伝送について】
電気をワイヤレス(無線)で伝送する技術で、センサーや電気自動車などへの新たな充電方式として、世界中の研究者が取り組む今一番ホットな研究分野の一つです。
現在は以下の3種類の方式があります。
(1) 電磁誘導方式
スマートフォンなどの給電などで実用化されている方式。数kHzの交流を用います。電力伝送距離はミリメートル。
(2) 磁界共鳴方式
MITが開発した方式。数10MHzの高周波を用います。伝送距離は数メートル。
(3) マイクロ波方式
電気を電波に変換してアンテナを介して送受信する方式。電波に変換するため、例えば宇宙空間の太陽光発電衛星で発電した電気を地上に伝送することも可能です。使用する電波は、RFID、WiFiあるいは電子レンジなどに使用される920MHz, 2.4GHz、5.8GHzなどを使用します。世界中の研究者が実現にむけた研究開発にしのぎを削っている方式です。本研究は5.8GHzでの成果です。
なお本方式の関しては、ステップ1(既存技術での実用化)として屋内で人のいない環境での利用に向けて、令和4年5月26日官報にて公示、省令が施行されました。屋内で人のいない環境での利用のため、限定的ですが、世界初の制度対応です。
https://kanpou.npb.go.jp/old/20220526/20220526g00112/20220526g001120000f.html
さらに令和4年7月14日に総務省へステップ2(本SIPの成果技術による人や他の無線システムが存在する状況での利用)制度化の要望書を提出しており、SIP事業終了以降も引き続き、制度面の取組を継続しています。このような背景もあり、社会実装に向けた技術開発が盛んに行われています。
※用語説明、学会発表情報、関連する学会発表情報は添付資料をご参照ください