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投稿者:

ZYAO22編集部

肝硬変患者における外的刺激に対する反応速度と正確性の低下を国際多機関共同観察研究により証明

2023年11月21日
国立大学法人東海国立大学機構 岐阜大学

肝硬変患者における外的刺激に対する反応速度と正確性 の低下を国際多機関共同観察研究により証明

【本研究のポイント】
・不慮の事故を防ぐためには、事故の原因を認識してから、事故が起こるまでの短時間の間に、現在の動作を中断し、事故を回避するために動作する必要がある。
・肝硬変患者は交通事故や転倒あるいはそれに伴う骨折などの不慮の事故が多いことが知られているが、外的刺激が発生してから短時間での神経機能に関しては十分に調査されていない。
・本研究では、日本、米国、英国を含む多機関共同研究により、肝硬変患者では外的刺激から0.4秒以内の反応速度と反応の正確性が低下していることを明らかにした。
・本研究により、肝硬変患者における不慮の事故に対するリスク評価が可能となり、肝硬変患者の不慮の事故の予防と健康寿命の伸長、より安全な社会の実現に寄与することが期待される。

【研究概要】
 肝硬変患者は交通事故や転倒あるいはそれに伴う骨折などの不慮の事故が多いことが知られています。岐阜大学大学院医学系研究科 消化器内科学分野 三輪貴生医師らのグループは、肝硬変患者では外的刺激に対して瞬時に正確に動作する神経機能が低下していることを明らかにしました。
 本研究では、肝硬変患者160名と肝硬変のないコントロール群160名を対象とし、米国で開発された「落ちてくる棒を掴むあるいはそのまま落とす」という単純な動作を用いたデバイス(ReacStick 1))を用いて、外的刺激から0.4秒以内の反応速度と正確性を調査しました(図1)。その結果、肝硬変患者では肝硬変のないコントロール群と比較して有意に反応速度および反応の正確性が低下していることが示されました。外的刺激に対する反応速度や正確性は、従来測定方法がないため十分に調査されていませんでした。ReacStickを用いた本研究の結果により、肝硬変患者においては外的刺激に対する反応速度と反応の正確性の低下が明らかとなり、本研究結果は世界に類を見ない貴重な研究成果となりました。また、肝硬変患者の神経機能検査法であるReacStickとナンバーコネクションテストB(number connection test-B:NCT-B) 2)を比較してどちらが肝硬変患者を特徴づけるのに有用かを検討しました。その結果、ReacStickで測定した反応速度はNCT-Bよりも肝硬変患者の神経機能を捉えていることが明らかとなり、ReacStickはNCT-Bよりも肝硬変患者の神経機能を捉えるのに優れたデバイスである可能性が示唆されました。
 三輪医師らの研究により肝硬変患者は外的刺激に対する反応速度や反応の正確性が低下していることが明らかとなりました。本研究成果は肝硬変患者における不慮の事故のリスク評価と健康寿命の延長に寄与することが期待されます。
 本研究成果は、日本時間2023年11月17日にGeriatrics & Gerontology International誌で発表されました。

 
【研究背景】
 肝硬変患者は交通事故や転倒あるいはそれに伴う骨折などの不慮の事故が多いことが知られています。外的刺激に対して状況に応じて素早く反応する能力、つまり短潜時の神経機能はこれらの不慮の事故を防ぐために重要です。しかし、肝硬変患者において短潜時の神経機能に関しては十分に調査されていませんでした。本研究では、日本、米国、英国を含む多機関共同研究で肝硬変患者と肝硬変のないコントロール群を対象として若年成人男性を対象として短潜時の神経機能に関して検討しました。

【研究成果】
 本研究では日本、米国、英国を含む多機関において、ReacStickを用いて短潜時神経機能を検査した160名の肝硬変患者と160名の肝硬変のない方を対象とし、短潜時神経機能を比較しました。またプロペンシティスコアマッチング3)を用いて肝硬変群とコントロール群の背景因子を調整し、再度比較を行いました。
 ReacStickは、米国で開発された短潜時神経機能の測定装置であり、軽量の棒、加速度計、タイマー、および2つの発光ダイオードから構成されています(図1)。検査の手順を次に示します。検査者は、ReacStickを約75cmの高さで保持して2〜5秒経過した後に落下させます。被験者は、ReacStickが落下し始めたらできるだけ早くReacStickを掴み、ReacStickの加速度計とタイマーで反応速度(simple reaction time: SRT)を測定します(図1a)。また正確性(reaction accuracy:RA)を測定する際には、ReacStickが落下し始めると棒の先端に着いた発光ダイオードが50%の確率で点灯します。被検者はReacStickの発光ダイオードが「点灯した場合には棒を掴み(On test)(図1b)」、「点灯しない場合には棒をそのまま落とす(Off test)(図1c)」ように指示されます。棒を掴む際の反応速度は記録されず、正しく棒を掴むあるいは落とすことができたかを記録します。On testの成功率を「On accuracy」、Off testの成功率を「Off accuracy」、全体の成功率を「Total accuracy」として記録しました。検査者が棒を放してから棒が落下するまでに約0.4秒の時間であるため、ReacStickは約0.4秒以内の短潜時神経機能を測定することとなります。また、比較対象とする検査法として肝硬変患者の一般的な神経機能評価法であるNCT-Bと比較検討しました。

 対象とした160名の肝硬変患者と160名の肝硬変のない方を比較すると肝硬変患者は肝硬変のない方と比較して有意SRTが長く(204 vs 176 ms;P < 0.001)、Total accuracy(65 vs 71%;P < 0.001)、On accuracy(78 vs 86%;P = 0.004)、Off accuracy(54 vs 60%;P = 0.001)が低い結果でした。プロペンシティスコアマッチングにより背景因子を調整した112名の肝硬変患者と112名の肝硬変のない方の比較においても、肝硬変患者は肝硬変のない方と比較して有意SRTが長く(200 vs 174 ms;P < 0.001)、Total accuracy(63 vs 73%;P < 0.001)、On accuracy(77 vs 86%;P = 0.007)、Off accuracy(50 vs 60%;P = 0.001)が低い結果でした。本研究結果により、肝硬変患者は、肝硬変のない方と比較して外的刺激を認識してから約0.4秒以内の反応速度と正確性が低下していることが明らかとなりました。外的刺激を認識し、状況に応じて素早く正しい行動をとることは転倒や交通事故を含む不慮の事故を防ぐのに重要であり、実生活の状況を反映した神経機能検査と検査結果に応じたリスクマネジメントが必要である可能性が示唆されました。
 次に肝硬変患者の神経機能の特徴を明らかにするため、またReacStickと肝硬変患者の神経機能検査法として一般的なNCT-Bを比較してどちらがより肝硬変患者の神経機能を特徴づけるのに優れているかを調査するために、Receiver operating characteristic (ROC) 解析4)を行いました(図2)。ROC解析によるarea under the curve(AUC)5)ではReacStickで測定したSRTがNCT-Bと比較してより大きなAUCを有し、肝硬変患者を抽出するのにより優れた検査であることが明らかとなりました(AUC, 0.87 vs 0.60;P < 0.001)(図2a)。一方でNCT-BとRAの比較ではAUCの大きさに有意差を認めませんでした(図2b-2d)。以上の結果から、肝硬変患者の神経学的特徴は刺激に対する反応速度の低下が最も顕著な特徴として抽出され、従来の神経機能検査法であるNCT-Bよりもより優れた制度で肝硬変患者を特徴づけることが可能であることが明らかとなりました。

 本研究結果により、肝硬変患者は肝硬変のない方と比較して外的刺激が発生してから0.4秒以内の短潜時神経機能が低下しており、特に反応速度の低下が顕著であることが明らかとなりました。不慮の事故(交通事故や転倒など)を防ぐためには、事故の可能性を認識してから、現在行っている動作を止める、事故を回避するための回避行動をとる、という多段階の動作を瞬時に行う必要があり、本研究成果は肝硬変患者の短潜時の神経機能を明らかにすることで不慮の事故を起こす可能性の早期リスク評価や対策による将来の不慮の事故予防に寄与することが期待されます。

【今後の展開】
 本研究により、肝硬変患者は外的刺激が加わった際の短潜時の反応速度と正確性が低下していることが明らかになりました。また、特に反応速度の低下は顕著であり、ReacStickはこの反応速度低下を捉えるデバイスとして従来の神経機能検査法よりも優れた検出機能を有する可能性が示唆されました。この知見により肝硬変患者における不慮の事故のリスクを評価し、事故の予防による健康寿命の延長とより良い社会の実現に寄与することが期待されます。

【用語解説】
1)ReacStick:
ReacStickは米国ミシガン大学で開発された短潜時神経機能の測定装置であり、軽量の棒、加速度計、タイマー、および2つの発光ダイオードから構成されている。検査者は、ReacStickを約75cmの高さで保持して2〜5秒経過した後に落下させる。被験者は、ReacStickが落下し始めたらできるだけ早くReacStickを掴み、反応速度(simple reaction time: SRT)を測定する(図1a)。また正確性(reaction accuracy:RA)を測定する際には、ReacStickが落下し始めると棒の先端に着いた発光ダイオードが50%の確率で点灯する。被検者はReacStickの発光ダイオードが「点灯した場合には棒を掴み(On test)(図1b)」、「点灯しない場合には棒をそのまま落とす(Off test)(図1c)」ように指示され、棒を正しく掴むあるいは落とすことができたかをRAとして記録する。

2)ナンバーコネクションテストB(number connection test-B:NCT-B):
ナンバーコネクションテストB(number connection test-B:NCT-B)は日本肝臓学会の推奨する肝硬変患者の神経機能評価法である。1→ア→2→イ→・・・のように、数字とカタカナ文字(アルファベット)を交互に順番になぞる試験であり、試験終了にかかった時間を測定する。

3)プロペンシティスコアマッチング:
プロペンシティスコアマッチングは、観察データの統計分析の分野において、異なる群間の背景因子を調整し、交絡を軽減させるための統計手法である。

4)Receiver operating characteristic (ROC) 解析:
Receiver operating characteristic (ROC) 解析は検査の精度評価に用いる解析である。ROC解析でarea under the curve(AUC)を算出し、AUCの大きさを比較することでどちらの検査が判定に有用かを調べることができる。

5)Area under the curve(AUC):
Area under the curve(AUC)はROC解析で産出されるROC曲線の下の部分の面積である。AUCは0から1までの値をとり、値が1に近いほど判別能が高いことを示す。

【論文情報】
雑誌名:Geriatrics & Gerontology International
論文タイトル:Short-latency reaction time and accuracy are impaired in patients with cirrhosis: An international multicenter retrospective stud
著者: Takao Miwa 1,2, James K. Richardson 3, Susan L. Murphy 3, Toby J. Ellmers 4, Yoshiyuki Miwa 5, Teruo Maeda, Tatsunori Hanai 2, and Masahito Shimizu 2
1 岐阜大学大学院医学系研究科内科学講座消化器内科学分野
2 岐阜大学保健管理センター
3 ミシガン大学医学部理学療法リハビリテーション分野
4インペリアル・カレッジ・ロンドン医学部脳科学分野
5 MIWA内科胃腸CLINIC
6 西美濃厚生病院内科
DOI: 10.1111/ggi.14742                                            

【研究者プロフィール】
氏名: 三輪 貴生 (Miwa Takao)
機関: 東海国立大学機構 岐阜大学
所属・職名: 岐阜大学医学部附属病院第一内科・医員(非常勤)
       岐阜大学保健管理センター・非常勤講師
学歴(大学):
2015年:岐阜大学医学部医学科卒業
2021年~:岐阜大学大学院医学系研究科医科学専攻(消化器内科学分野在学中)
勤務歴:
2015年4月~2016年6月:岐阜市民病院(研修医)
2016年7月~2017年3月:岐阜大学医学部附属病院 (研修医)
2017年4月~2018年3月:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)
2018年4月~2020年9月:中濃厚生病院内科(医員)
2020年10月~2022年3月:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)
2022年4月~2023年4月:岐阜大学保健管理センター(助教)
2023年4月~:岐阜大学医学部附属病院第一内科(医員)、岐阜大学保健管理センター(非常勤講師)
所属等学会:
日本内科学会(認定内科医)
日本消化器病学会(専門医)
日本肝臓学会(専門医)
日本消化器内視鏡学会(専門医)
日本臨床栄養代謝学(認定医)
日本病態栄養学会
日本門脈圧亢進症学会
日本超音波医学会
表彰:
2017年度:第233回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2017年度:第234回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2018年度:第237回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2019年度:第239回日本内科学会東海地方会 若手優秀演題賞
2021年度:JDDW2021 若手奨励賞
2022年度:JDDW2021 The Best Presenter Award in International Session 
  第26回日本病態栄養学会年次学術集会 若手研究特別賞