明日、会社でなに話す?
これからもあなたを支えていく

アイコン

アイコン

明日、会社でなに話す?

これからもあなたを支えていく

アイコン

投稿者:

ZYAO22編集部

約30年間の謎をついに解明! ブラックホール重力波に潜む共鳴現象を発見

1.概要

 ブラックホールは外部からの影響を受けると「宇宙の鐘」のように振動し、特定の周波数の重力波[1]を放出します。この振動は準固有振動とよばれ、ブラックホールの性質を探る重要な手がかりとなります。28年前、アインシュタインの一般相対性理論に基づいた数値計算によって、規則的に並ぶ準固有振動のパターンに一つだけ、まるで「不協和音」のようにずれている奇妙なモードがあることが発見されました。しかし、その原因は今日に至るまで不明のままでした。
 東京都立大学大学院理学研究科の本橋隼人准教授は、この長年の謎が、実は二つのモードの間で起こる「擬交差[2]」とよばれる現象に起因することを明らかにしました。同時に、擬交差が起こると重力波が増幅されるという新たな共鳴現象を、世界で初めて発見しました(図1)。コンピューターによる高精度の数値計算と、非エルミート物理学[3]を応用した理論解析の両面から、この共鳴現象が例外点[4]の近傍で起こるブラックホールの普遍的性質であることを示しました。この発見は、長年未解決だった重力波物理学の問題を解決するだけでなく、非エルミート重力物理学という新たな理論的枠組みの基盤を築くものです。宇宙で最も強い重力場において何が起きているのかを探る新たな手がかりとして、今後の応用が期待されます。
 本研究成果は2025年4月10日(日本時間)にPhysical Review Letters誌でオンライン公開されました。本研究は日本学術振興会科学研究費補助金JP22K03639の助成を受けて実施されました。

図1  ブラックホール重力波の「不協和音の謎」に潜む共鳴現象を発見した本研究の概念図。 

2.ポイント

・約30年にわたる「ブラックホール重力波の不協和音」の謎の解明に成功した。
・ブラックホール準固有振動の例外点近傍における擬交差に伴う共鳴現象を世界で初めて発見した。
・物性物理や光学などの分野で近年注目されている非エルミート物理学の知見を、重力波物理学に応用して、共鳴現象を理論的に説明した。

3.研究の背景

 お寺の鐘をついたときに生じる音は、鐘の形・大きさ・材質などを反映した固有の振動モードの重ね合わせになっています。私たちはその音を聞くことで「低い音だから大きな鐘だろう」といった具合に、鐘の特徴を推測することができます。
 ブラックホールの観測でも、これと同じようなことが可能です。ブラックホールは宇宙で最も強い重力を持ち、光すら逃れられない「宇宙の落とし穴」です。恒星がブラックホールに吸い込まれたり、二つのブラックホールが衝突・合体したりすると、ブラックホールはまるで「宇宙の鐘」のように振動し、重力波を放出します。このとき放たれる重力波は、「準固有振動」とよばれる多数の減衰振動の重ね合わせであり、これを観測することでブラックホールの性質を探ることができます。
 今から28年前の1997年、東京工業大学(現・東京科学大学)の大学院生だった小野澤庸(ひさし)さんにより、アインシュタインの一般相対性理論に基づいた数値計算によって、この準固有振動の一つが不思議な振る舞いをすることが発見されました。規則的に並んだ多数の準固有振動モードのうち、一つだけが並びから外れた異常な値を示していたのです(図2)。
 この現象はあまりに奇妙だったため、数値計算の誤りの可能性も含めて、世界中の研究者が追検証を行いました。しかし、コンピューターの性能が向上し、より精密な数値計算が可能になっても、結果は変わりませんでした。この不可解な現象の物理的な起源は長らく謎のままで、重力波物理学における未解決問題の一つとなっていました。
 規則的な周波数の並びは音楽では美しい和音として響きますが、そこから外れた音は不協和音として耳に残ります。そのため、ブラックホールの準固有振動に見られるこの奇妙な振る舞いは「ブラックホール重力波の不協和音」ともいえます。音楽における不協和音が楽曲をより印象深くする役割を持っているように、実はブラックホール重力波の不協和音には重力の本質をより深く理解するための重要なヒントが隠されていたのです。

図2  ブラックホールの自転の速さを変化させたときの準固有振動の周波数と減衰率の変化。一つのモード(図中のω225)だけが、まるで「不協和音」のように、規則的な並びから外れている。長年このモード単独の現象と考えられてきたが、実はもう一つのモード(図中のω226)とペアで起こる共鳴現象だった(後述)。 

4.研究の詳細

 本研究では、「ブラックホール重力波の不協和音」が数値計算の誤りや偶然の産物ではなく、隠れた共鳴現象によって説明されることを世界で初めて発見しました。これにより、約30年にわたる謎の解明に成功しました。

数値計算による共鳴現象の発見
 東京都立大学大学院理学研究科の本橋隼人准教授は、既存の手法を改良した高精度数値計算プログラムを開発し、アインシュタインの一般相対性理論に基づいてブラックホール重力波の準固有振動の周波数と減衰率、さらに「波の大きさ」に相当する励起因子を、コンピューターを用いて計算しました。その結果、不協和音のような現象が起こる際に、二つのモードの励起因子が、特徴的な8の字形を描くことが判明しました(図3)。この特徴はほかのモードには見られないものです。これまで一つのモードの異常と考えられてきた現象が、実は二つのモードが関与するものである可能性が示唆されました。

図3  左:図2で起こる緩やかな反発に応じて8の字形に増幅される励起因子。
右:ほかのモードの励起因子の向きと大きさを揃えたもの。8の字形は見られない。 

 さらに、様々な場合にわたって数値計算を行ったところ、似た現象がより鮮明な形で現れるケースが次々と発見されました(図4)。共通した特徴は、二つのモードの周波数と減衰率が接近すると反発が起こり、「波の大きさ」に相当する励起因子が特徴的な8の字形を描きながら大きく増幅されるという点です。
 これは、日常生活でもよく見られる共鳴現象によく似ています。例えば、ブランコを漕ぐときにその周期に合わせて身体を動かすと揺れ幅が大きくなる現象や、ヴァイオリンの弦を弾いたときに同じ周波数(または倍音)を持つ別の弦が共鳴して響く現象がよく知られています。ブラックホール重力波の不協和音には、こうした共鳴現象が潜んでいたのです。
 二つのモードの接近の度合いに応じて、緩やかな反発や鋭い反発が生じ、それに伴って励起因子にも様々な形の8の字形が現れることがわかりました。ブラックホール重力波における長年の謎が、二つのモードの緩やかな反発と共鳴によって説明できることが明らかになりました。

図4  異なる準固有振動モードの周波数・減衰率において次々に起こる反発(左)と、それぞれの反発に対応して8の字形に共鳴増幅される励起因子(右)。反発の鋭さに応じて多様な8の字形が現れる。 

理論解析による共鳴現象の解明
 ここまでで、コンピューターによる高精度数値計算によって、これまで知られていなかった共鳴現象の存在が明らかになりました。本橋准教授はここからさらに、この共鳴現象を理論的に説明することに挑みました。以前より並行して進めていた、「非エルミート物理学」に基づく準固有振動の新しい理論の枠組みの研究が応用できるのではないかと考えたのです。非エルミート物理学は物性物理や光学などの分野で近年大きな注目を集めています。これを重力波物理学に応用する画期的な試みでした。
 研究を進めると、準固有振動の反発現象が量子力学で知られる「擬交差」と非常によく似た性質を持つことがわかりました。ミクロの世界で見られる現象と同じことが、マクロの世界のブラックホール重力波でも起こっていたのです。非エルミート物理学の理論を用いて擬交差を計算したところ、「例外点」とよばれる点の近傍で、準固有振動が双曲線に沿って反発することが導かれ、数値計算結果と一致することが確認されました(図4左の破線)。これで二つのモードの反発を理論的に説明することができました。あとは励起因子の8の字形の増幅の導出を残すのみとなりました。
 多くの計算結果を精査したところ、鋭い反発が起こる場合には、必ず完全な8の字形が現れることがわかりました。この数値計算結果にレムニスケート[5]曲線を重ねたところ、驚くべきことにぴたりと一致したのです(図4右の破線)。極座標で表すと、双曲線とレムニスケートはちょうど逆数の関係にあります(図5)。この関係が突破口となり、ついに擬交差における共鳴現象を理論的に導出することに成功しました。
 この理論的導出により、共鳴現象が特別な現象ではなく、重力波や電磁波などで幅広く起こる一般的な現象であることが証明されました。約30年にわたって物理学者を悩ませてきた謎の背後には、シンプルで美しい曲線[6]に従う、全く新しい物理現象が隠されていたのです。
 物理学は、観測・法則・理論の三つの段階を経て発展してきました。例えば、ティコ・ブラーエが惑星の軌道の正確な観測を行い、ケプラーがそのデータから惑星の軌道が楕円であるという経験則を発見し、最終的にニュートンがこれを説明する理論を構築したことは、ニュートン力学の成立史としてよく知られています。本研究もこれと同じように、高精度数値計算によって準固有振動の「軌道」を調べ、そこに隠されたシンプルな曲線を見出し、これを説明する理論の確立に成功しました。このように、物理学の王道ともいえるアプローチによって、長年の謎が解明されたのです。

図5  双曲線(左)とレムニスケート(右)。図4の破線が双曲線とレムニスケートであり、コンピューターによる数値計算の結果と一致していることがわかる。この発見が共鳴の理論的導出の突破口となった。 

5.研究の意義と波及効果

 本研究では、分野横断の知見を活用することで、ブラックホール準固有振動の例外点近傍における擬交差に伴う共鳴現象を世界で初めて発見しました。この発見は、約30年にわたるブラックホール重力波の「不協和音」という謎を解明し、ブラックホール物理に関する理解を大きく前進させるとともに、非エルミート重力物理学という新たな学術領域を拓くものです。
 本研究で発見された共鳴現象は、ブラックホールの性質を調べるための新たな指標として活用することができます。特定の準固有振動モードが大きく増幅されるという特徴を利用すれば、重力波の観測データからブラックホールやその周囲の物質について、従来とは全く異なる視点から分析することができます。この手法は、今後の重力波天文学において、より詳細なブラックホールの研究を可能にする重要な要素となるでしょう。
 物理学の歴史を振り返ると、共鳴現象が様々な分野で極めて重要な役割を果たしてきたことがわかります。核磁気共鳴[7]、メスバウアー効果[8]、MSW共鳴[9]などの共鳴現象は、いずれも科学技術分野全体に関わる革新的な発展をもたらしてきました。本研究で発見された共鳴現象も、宇宙における極限環境の理解を飛躍的に推し進めるものと期待されます。

6.論文情報

・論文
タイトル:Resonant Excitation of Quasinormal Modes of Black Holes
著者:Hayato Motohashi
掲載雑誌:Physical Review Letters 134, 141401 (2025)
DOI:https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.134.141401

・公開データ
タイトル:Kerr quasinormal mode frequencies and excitation factors
著者:Hayato Motohashi
DOI:https://doi.org/10.5281/zenodo.12696857

7.補足説明

[1] 重力波
時空のゆがみが光速で伝わる波動現象。アインシュタインが1916年に一般相対性理論の帰結としてその存在を予言した。2015年、米国のレーザー干渉計重力波観測所(LIGO)が二つのブラックホールの合体によって発生した重力波を世界で初めて直接検出し、この功績により2017年のノーベル物理学賞が授与された。重力波は極めて微弱な信号であるが、物質による吸収をほとんど受けないため、宇宙の深遠を探る強力な観測手段である。

[2] 擬交差
二つのエネルギー準位が接近した際に、互いに反発して交差を回避する現象。量子力学では、化学反応の遷移状態や分子のエネルギースペクトルに現れ、電子状態の変化や分子のダイナミクスを理解する上で重要な役割を果たす。また、古典的な波動系でも振動モードの擬交差が発生することが広く知られている。光学やフォトニクス、固体物理においては、共鳴現象やエネルギー輸送の制御に応用される。

[3] 非エルミート物理学
エルミート性が破れる物理系を扱う分野。不安定原子核や開放量子系など、エネルギーの散逸や増幅が関与する系で自然に現れる。アルファ崩壊のガモフ理論に端を発する長い歴史を持ち、近年ではPT対称性やトポロジカル相の進展などにより、大きな注目を集めている。原子核物理、物性物理、光学、フォトニクス、量子情報などを中心に幅広い分野で研究されている。

[4] 例外点
非エルミート系における代表的な現象で、二つ以上の固有状態の固有値と固有ベクトルがともに一致する特異点。1966年に数学者の加藤敏夫によって提唱された。例外点の近傍では、固有値が平方根特異性を持つ分岐構造を示し、非エルミート系特有の物理現象が現れる。特に、非エルミート系における擬交差は例外点の近傍で発生することが知られており、重要な研究対象となっている。

[5] レムニスケート
8の字形の曲線。「リボンで飾られた」を意味するラテン語 lemniscatus に由来する。レムニスケートとよばれる曲線には複数の種類があるが、ここでは特に「ベルヌーイのレムニスケート」を指す。1694年にヤコブ・ベルヌーイによってその特性が詳しく研究された。

[6] シンプルで美しい曲線
本研究で発見されたブラックホール準固有振動の共鳴現象を特徴付ける曲線は、本文に登場した「双曲線」と「レムニスケート」、そして共鳴ピークが従う「ローレンツ関数の1/4乗」の3つである。原子核の共鳴散乱の断面積を表すブライト・ウィグナー公式に代表されるように、多くの共鳴現象ではピークが「ローレンツ関数」の形を示す。ローレンツ関数そのものではなくその「1/4乗」のピークを持つ共鳴現象は、これまでほとんど先行研究がなく、重要な特徴の一つである。本研究では双曲線、レムニスケートと合わせてこの珍しい曲線も数値計算によって発見され、理論解析により導出された。この特異な共鳴曲線の起源を明らかにすることで、新たなスケーリング則や普遍性クラスの理解につながる可能性がある。

[7] 核磁気共鳴
原子核が外部磁場中で特定の周波数の電磁波と共鳴し、エネルギー状態が変化する現象。この発見により、1952年にフェリックス・ブロッホとエドワード・パーセルがノーベル物理学賞を受賞した。この効果を利用して物質の分子構造や性質を解析する技術が発展し、医療分野では磁気共鳴画像法(MRI)として広く応用されている。

[8] メスバウアー効果
放射性物質中の原子核から放射された特定の周波数のガンマ線が、固体中に束縛された同じ種類の原子核によって効率よく吸収される共鳴現象。1957年にルドルフ・メスバウアーが発見し、1961年にノーベル物理学賞を受賞。物質の原子核の周囲の化学状態や磁気的性質を精密に測定できる手法として、地質学、生物学、材料工学など幅広い分野にわたって活用されている。

[9] MSW共鳴(Mikheyev–Smirnov–Wolfenstein共鳴)
物質中を通過するニュートリノのエネルギーと周囲の電子密度が特定の条件を満たすとき、ニュートリノ振動(種類の変化)が大幅に強められる共鳴現象。この効果により、太陽内部で生成された電子ニュートリノが地球に到達するまでにほかの種類のニュートリノへ変換されることが説明され、30年以上にわたる「太陽ニュートリノ問題」が解決された。同時に、この現象はニュートリノが質量を持つことを示唆し、素粒子物理学の発展に大きく貢献した。