人の耳には聞こえない低い音による自然現象モニタリングに向けて
超低周波数域に特化した音圧センサー感度の評価技術を開発
ポイント
・ 液柱振動の利用により超低周波音圧を発生・計測できる装置を開発
・ 従来より1桁低い下限0.01 Hzまでのマイクロホン感度評価に成功
・ インフラサウンド観測の信頼性向上に貢献
概 要
国立研究開発法人 産業技術総合研究所(以下「産総研」という)分析計測標準研究部門 音波振動標準研究グループ 山田桂輔 研究グループ付、平野琴 研究員、高橋弘宜 主任研究員、野里英明 研究グループ長は、超低周波音(インフラサウンド)の音圧センサーの感度評価を下限0.01 Hzまで可能とする液柱型音圧発生装置を開発しました。
インフラサウンドとは人が音として知覚できる可聴音よりも周波数の低い音で、可聴音に比べてより遠くまで伝わるという特徴があります。火山噴火や津波発生などの大規模な自然現象に伴って発生することから、それら自然現象の遠隔モニタリングを目的としたインフラサウンド観測網の整備や研究が進められています。
インフラサウンドを正確に観測するためには、用いる音圧センサーの感度評価が必要です。産総研ではインフラサウンド観測に用いられる音圧センサーの一つである、マイクロホンの感度評価を実施してきました。しかし、従来の評価装置では構造上音圧発生部分に隙間が必須であったため、周波数が低くなるほど音漏れが避けられず、評価に必要な安定した音圧が確保できないという問題がありました。そのため、産総研の保有する装置でも0.1 Hzがマイクロホンの感度評価の限界となっていました。
今回開発した装置は、より低い周波数域での評価を可能とするために新たな音圧発生原理を採用したものです。液柱振動を利用して音圧を発生・計測するため原理上音漏れが発生しません。この装置を用いることで、従来よりも1桁低い下限0.01 Hzまでのマイクロホンの感度評価に成功しました。
この装置により評価されたマイクロホンは、下限0.01 Hzまでの音圧感度が付与された、持ち運び可能な基準センサーとして用いることができます。この基準センサーを使用して、測定現場で使用されるマイクロホンや気圧計などの原理の異なるさまざまなセンサーの感度評価を行うことで、インフラサウンド観測の信頼性を向上させることができます。今後は気圧計を含む多様な現場観測機器の評価を行う予定です。
なお、この技術の詳細は、2024年10月4日(英国夏時間)に「Metrologia」に掲載されます。
下線部は【用語解説】参照
開発の社会的背景
人が音として知覚できない20 Hz以下の音はインフラサウンドと呼ばれ、噴火、津波、雪崩といった大規模な自然現象から生じています。インフラサウンドは可聴音と比較すると空気吸収による減衰が小さく遠方まで伝わるため、近傍からの観測が危険なこれらの自然現象のモニタリングに活用することが可能です(図1)。近年、火山噴火由来のインフラサウンドを測定対象とした観測網の整備や津波予報の高精度化を目指した研究などが進められています。具体的には、複数地点で観測したインフラサウンド波形を比較することで発生場所を推定したり、シミュレーションにより作成したインフラサウンド波形と観測した実波形を比較することで災害の発生機構を解析したりする研究が行われており、信頼性の高い観測値が必要とされています。
インフラサウンド観測には、マイクロホンだけでなく気圧計などの原理の異なる計測機器も用いられます。これらの音圧センサーは機器により異なる感度特性を示すため、同一の自然現象についても異なる音圧センサーを使用した場合は観測結果が一致しないことが問題となっていました。この問題を解決するために、音圧センサーの感度を評価したうえで、測定結果を適切に補正することが求められています。
音圧センサーの中には測定現場から動かせないものも多くあります。これらのセンサー感度を評価するためには、測定現場に感度がすでにわかっている基準センサーを持ち込み、同一音圧を与えたときの両者の出力を比較するという作業が必要となります。しかし、1 Hz未満の周波数域において音圧センサーの感度校正サービスは提供されていないため、感度がわかっている基準センサーが存在しないという問題があります。私たちは、可搬性や可聴域への拡張性を考慮してマイクロホンが基準センサーの有力候補であると考え、基準となるマイクロホンの評価に取り組みました。
研究の経緯
産総研 計量標準総合センターでは、音圧センサーの一種であるマイクロホンの感度校正を通じた音響計測の信頼性確保に取り組んできました。これまで1 Hzから20 Hzにおいてマイクロホンの感度評価を行う際は、マイクロホンをセットした評価装置(レーザーピストンホン装置)のピストンを駆動し、装置の内容積を変化させることで音圧を発生させる方式を採用していました。レーザーピストンホン装置では、ピストン変位を計測して発生音圧を計算するのと同時に、マイクロホンが出力する信号(電圧など)を計測することで、評価したいマイクロホンの感度を求めます。しかし、周波数が低くなるほど空気粘性の影響が小さくなるため、ピストン接続部の隙間から音が漏れやすくなり、ピストン変位から計算した音圧と実際に発生している音圧が乖離するようになります(概要図)。これまでの研究として、音漏れの影響を理論と実験を組み合わせて推定し、発生音圧の補正式を作り上げることで、評価可能な周波数域を拡張してきました(参考文献)。しかし、周波数が低くなるほど発生音圧が非常に小さくなってしまうため、マイクロホン評価への適用は0.1 Hz程度が限界でした。そこで、音漏れが発生しない、新たな原理を採用した評価装置の開発に取り組みました。
なお、本研究開発は、独立行政法人 日本学術振興会の科学研究費助成事業(21K04101)および公益財団法人 精密測定技術振興財団の助成事業(2022年度~2023年度)による支援を受けています。
研究の内容
産総研は今回、より低い周波数域でのマイクロホンの感度評価を可能とするため、新たな音圧発生原理を採用した感度評価装置を開発しました。これにより、下限0.01 Hzまでの周波数域においてマイクロホンの感度評価が可能となり、防災を目的としたインフラサウンド観測網の整備や研究の促進が期待されます。
今回開発した装置は、液柱型圧力計の原理を応用したもので、被評価マイクロホンを装着した円筒、加振器が取り付けられた水槽、液面変位を測定するためのセンサー部からなります(概要図)。従来のレーザーピストンホン装置とは異なり、円筒の下端は水で密閉されているため、原理上音漏れが発生しない点が特徴です。
本装置は、円筒を固定した状態で水槽を加振器で振動させることで、円筒外と円筒内に水位差を発生させ、圧力差の変動、すなわち音圧を発生させます。発生音圧は水位差変動に比例するため、円筒外側と内側の水面変位を計測することで円筒内の音圧を算出可能です。ここで円筒断面積を水槽断面積と比較して十分小さくした場合、内側水面変位は外側水面変位よりも十分小さくなります。そのため、本装置では外側水面変位を実測し、内側水面変位は円筒内部の圧力変動過程について等温過程と断熱過程の両方を考慮した計算から求めています。水槽を振動させたとき、被評価マイクロホンから出力される電圧(V)を液面変位計測から算出した音圧(Pa)で割ることで、被評価マイクロホンの感度(V/Pa)が求められます。
本装置を用いて、下限0.01 Hzまでマイクロホンの感度評価に成功しました。また、評価結果の信頼性の確認のため、従来のレーザーピストンホン装置による評価結果との比較も行いました。その結果、0.1 Hzから0.5 Hzでは本装置は従来法と同等以下の不確かさでの評価が可能で、従来法でカバーされる周波数域からの連続性も確保できていることがわかりました(図2)。ただし、0.5 Hzより高い周波数域については、水振動の影響で算出音圧よりも実際に円筒内で発生する音圧が小さくなってしまうため、感度評価が難しいこともわかりました。今後は0.5 Hzより高周波数域は従来装置、0.5 Hzより低周波数域は本装置を使用するといった形で、二つの手法を組み合わせて評価を行う予定です。
今後の予定
加振部分の改良により発生音圧を増大させるとともに、遮音箱の導入により周囲の騒音を低減することで、残存する0.1 Hz以下の周波数域でのばらつきを低減します。さらに、今回評価したマイクロホンを基準として用い、気圧計を含む多様な音圧センサーの感度評価を観測現場に即した環境で行うことで、センサーによらず一貫した観測結果を取得可能とする予定です。これにより、自然現象の発生メカニズムや発生場所に関する推定精度の向上につながることが期待されます。
論文情報
掲載誌:Metrologia
論文タイトル:Calibration of the microphone sensitivity below 0.5 Hz using the liquid-column-type sound pressure generator
著者:Keisuke Yamada, Koto Hirano, Hironobu Takahashi and Hideaki Nozato
DOI:10.1088/1681-7575/ad77da
用語解説
超低周波音(インフラサウンド)
ここでは、人が音として知覚できる音(可聴音)よりも低い20 Hz以下の音。なお、音響学や地球物理学など分野により詳細な定義は異なる。
感度
参照信号と被評価機器の出力信号の比。ここでは、参照音圧に対する音圧センサーの出力信号の比。
参考文献
Koto Hirano, Hironobu Takahashi, Keisuke Yamada, and Hideaki Nozato, Meas. Sci. Technol. 35 (2024) 055009.
プレスリリースURL
https://www.aist.go.jp/aist_j/press_release/pr2024/pr20241004_2/pr20241004_2.html